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ザ・社長への道

婿養子として専務の道を歩み始めた翔三の社長になるまでの日々を描いた奮闘記。

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あれから五年。僕は東北に来ました。

中居です。

 

3.11

 

東日本大震災からちょうど五年の今日。

五年というと何かと節目を感じる数字です。

今日の日にあの日のことを思い出す人もたくさんいると思います。

 

東北で被災した人も

遠くにいたけれど、実家が被災してしまった人も

帰れなくて東京で夜を過ごした人も

何事もなかったけれど、テレビに流れてきた、まるで映画のような衝撃的な映像を見た人も

規模に大小あれど

忘れようとしてもなかなか忘れることの難しい日だったと思います。

確かに記憶は薄れていくけれど、

この日になると思い出します。

 

当時、僕は埼玉にいました。

地震が起きた時、僕はトイレの中にいて、ここから出られなくなるんじゃないかと本気で思いました。恐怖でした。

埼玉なので津波などの被害はもちろんありませんでした。

計画停電が印象に残っています。

でも、暗くなるたびに、被災地はこの状態がずっと続いているんだなと考えてました。

 

その頃、ライブを控えていて

たしか相方の誕生日を祝うライブだったんです。

社会的にいろんなイベントは控えるような風潮にありました。

ライブをやるべきか、やめるべきか悩んで、二人で考えました。

 

結果、ライブはやりました。

僕らに何か出来ることはないだろうかって考えた末、結局その時「歌」しかなかったんです。

そのライブから募金活動を開始しました。

「あいのうた」という主催ライブを企画して定期的に行いました。

当たり前ですが募金していただいたお金は全額被災地の方に送らせていただきました。(募金でも手数料を取るようなケースがあると聞いたことがあったので)

 

例えば、

僕らの想いがまわりまわってどんな形であれ

被災地に届いたらいい

そんな想いで「あいのうた」をはじめました。

 

大きなことを言いますが

たとえば、僕らの歌に感動して

明日からがんばろうって思ってくれて

その被災地への想いが秘められたがんばりが

小さくとも

伝染したり、直接的でも間接的でも

いつか届いたらいいな。そんな風に思ってました。

結果はもちろんわかりません。

自己満足かもしれないし。

それでもやってよかったと思っています。

形としてお金を送ることが出来た。

 

気持ちが大事と言ってられないほど

そのカタチは必要だったと思っています。

数十万というほんのひとかけら(僕らにとってはとてつもなく重く、大きな金額でした)でしたが、送ることが出来て良かった。

これも自己満足かもしれませんが、それでもいいのです。

僕の気持ちに関係なく、一つのことが出来たことに意味はあったと思うし、

たくさんの皆様の想いをつなげられたことにももちろん意味はあったと思います。

 

時間が少し経ってからですが

被災地で行われた復興市というイベントに歌いに行きました。

歌う曲をどうしようか真剣に悩みました。

「がんばって」という言葉が全面に出た曲を歌いました。

不謹慎だったかもしれないけど、本気で想いを込めて歌ったら

大きな拍手をいただきました。

僕らが元気をもらってしまいました。

 

実際に海沿いに行きいろんな現場を見させてもらって、

時間が少し経っているなんて思えないほどひどい状況でした。

復興にはとてつもない程の時間と労力がいる。そんな風に感じたのを覚えています。

 

関東にいましたが

数年間は

少しだけ

東北のことを考えることが増えました。

 

それから紆余曲折あり

4年半程して僕は八戸に来ました。

東北に来たのです。

八戸も被害があったようです。

見た目にはわかりませんでした。元の姿を知らないからもありますが。

 

皆さんは僕の知らない3.11を知っているんだな

と、今日ふと思いました。

 

復興という言葉とはそもそも何なんだろうと

考えてみたら答えがうまく出てきませんでした。

 

少し前

東北インバウンドにおける~

というような講演を聞いたとき

 

日本全体で見れば海外からの観光客が増え続けていますが

東北においては3.11以前の数字を超えていないんだそうです。

福島の原発事故が原因として大きいと。

今も3.11は終わってはいないんだと思いました。

 

3.11のことだけじゃなく

「よそ者としてできる事がきっとある」

をテーマにいろいろ考えています。


これから僕は八戸の人間として生きていきます。

僕に何が出来るだろうか。

復興って何だろうか。

この地と向き合って

ゆっくり考えてみようと思います。


最後に、

いつまでもこの日を忘れないでほしいと思います。

それと同時に大事なことは前を向いていくことだと思っています。


自然の力は時として防ぎようのないほどの恐ろしいほどのパワーを発揮します。

自然災害に対しては憎しみよりも悲しみの方が大きいと思います。

その悲しみを乗り越えなくても、

その悲しみを大事に語り継ぎ、

次にこんなことがあった時、少しでも被害が少なくなりますように。


なんて、偉そうなことばっか言ってすみません。

それでも伝えたいことは伝えないと。


たぶん1826日経ちました。

明日もまた新たな気持ちでがんばりたいな。と思います。

長々と失礼しました。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


では!


翔三でした!

 

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